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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)107号 判決 1976年8月30日

原告

マシーネンフアブリーク・リーター・

アクチエンゲゼルシヤフト

右代表者

ワルター・ワンナー

マツクス・フツトナー

右訴訟代理人弁護士

牧野良三

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人

房村精一

外四名

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

<書証>によれば、本件通知は特許庁審査官がしたものであることが認められる。原告は、本件においてこの通知が行政処分であるとしてその取消しを求めるものであるから、特段の事情のない限り、その通知をした審査官自身を被告とすべきであると考えられる。原告はこの点につき、審査官は出願審査に関する特許庁長官の職務権限を代行行使するにすぎず、審査官がその固有の権限として出願審査をするのではないから出願審査における処分はすべて特許庁長官の処分であり、したがつて本件においても特許庁長官が被告になるべきであるとの趣旨を主張する。

本件通知が取消訴訟の対象となる行政処分といえるかどうかは別として、先ず被告の被告適格について考えてみる(審査官の職務あるいは権限については特許法上及び実用新案法上差異はないから、以下においては便宜上特許法を引用して説明する。)。

審査官は、特許出願を審査し、それが特許法第四九条各号の一に該当するときは拒絶すべき旨の査定をしなければならず(第四九条)、また拒絶の理由を発見しないときは出願公告をすべき旨の決定をしなければならない(第五一条第一項)。査定は、文書をもつて行い、かつ、理由を附さなければならず(第六三条第一項)、査定した審査官が記名し、印を押さなければならない(施行規則第三五条)。査定は、その謄本を特許庁長官が特許出願人に送達(第六三条第二項)したときにその効力を生じ、その送達があつた日から所定の期間内(第一二一条参照)に審判を請求しないことによつて、特許出願に対して権利が与えられないことに確定する。このように、拒絶査定は国民の権利にいわば消極的な変動を惹起するものであつて、それをすることが特許庁長官の権限に属するのか、あるいは審査官の権限に属するのかの点については別として、拒絶査定そのものが行政処分であることは疑いない(拒絶査定に対しては、行政不服審査法による不服申立てをすることができず―第一九五条の三―または直接その取消しを訴えを提起することはできないが、それだからといつてそれが行政処分でないとすることはできない。)。ところで、右のような意味での行政処分をすべき者を法みずからが明定し、しかもその書面にはみずから記名押印すべきものとされているような場合には、他にこれを否定的に解すべき特段の事由が見出されないときは、右のように法に規定された者、本件の場合には審査官が審査に関しては、特許庁長官とは独立した行政処分をする権限を有するものと解すべきである。

原告は、審査官が査定についてする記名押印は対内的に特許庁長官に対して審査についての責任の所在を明らかならしめる意味をもつているにすぎないと主張するが、この主張は右に述べたところから採り得ないものであることが明らかである。すなわち、査定は特許庁長官によつてではあるが、出願人に対して送達され、出願人に対する関係でも責任の所在が表明されるのであり、単に対内的な意味をもつものにすぎないものではないのである。

原告はまた、特許出願は特許権付与という行政処分を求める法律行為であり、このような行為は特許庁長官に対してしなければならないことが特許法第三六条に明記されており、同法第四七条第一項の「特許庁長官は、審査官に特許出願……を審査させなければならない。」という規定は右第三六条に対応するものであり、もともと特許庁長官が出願の審査をすべきものであるが、特に特許庁の内部部局である審査部の審査官に審査させることにしているのであり、この場合における審査官は特許庁長官の権限を代行するにすぎないことは条文上明らかであると主張する。しかしながら、特許法に原告主張のような条文が存在するからといつて、そのことから直ちに特許庁長官が審査に関する唯一の行政庁であり、審査官は特許庁長官の権限を代行するにすぎないものとすることはできない。そもそも権限ある行政庁の行為を代行(代理)行使するものは、それが代行(代理)者による行為である旨を表示しなければならないものと解すべきところ、前に説明したように、例えば拒絶査定においては、審査官が特許庁長官の代理として査定する旨の表示はされないのである。審査において審査官が単に特許庁長官を補助するにすぎない者であるならば、査定は特許庁長官名でされるべきことは明らかである。したがつて審査官は出願審査において特許庁長官を代理するものでもなく、また単に特許庁長官を補助するにすぎない者でもない。

右に説明してきたところから明らかなように、審査官は特許出願の審査(第一七条第二項による形式審査を除く。)に関しては特許庁長官から独立した行政庁であると解すべきである。このことは、特許法第四八条において、審査官の職務の執行の除斥の規定が審査官にも準用されていることからもうかがうことができる。原告は、審査官に除斥制度が設けられているからといつて、そのゆえに審査官が行政庁であるとする根拠はなく、このことは例えば公正取引委員会の委員あるいは運輸審議会の委員も職務の独立性が保障されているが、これらの委員はいずれも行政庁でないことからも明らかである旨の主張をするが、原告主張のような各委員に職権行使の独立性が認められていることの一事をもつて、その各委員が行政庁であると結論づけることができないのはいうまでもないところであるから、原告の右の主張は理由がない。

なお原告は、審査官の権限が直接法律で定められているからといつてそのことから直ちに審査官が行政庁であるとすることができないのは、審判官の権限も特許法等に直接定められているが、審判官のした審決に対する訴えは審判官ではなく特許庁長官を被告とすることになつているから審判官は行政庁でないことからも明らかであるとの趣旨の主張をする。しかしながら、この主張は明らかに原告の誤解に基づくものである。審決をする審判官(合議体)は明らかに行政庁である。それには疑いをさしはさむ余地はない。審決に対しては、その取消しの訴えを東京高等裁判所に起すことができるが、その訴えの被告は特許庁長官又は審判の請求人あるいは被請求人である(第一七八条、第一七九条)。このように被告を法定したのは便宜のためであり、審決取消訴訟の被告になるものが、審決をした行政庁であるとすると、特許無効の審判(第一二三条第一項)又は訂正無効の審判(一二九条第一項)の審決においては、審判請求人又は被請求人が審判をした行政庁であるというような妙なことになつてくる。この点からしても原告の主張は理由がないことが明白である。

右のとおり、本件取消訴訟の被告となるべきものは特許庁長官ではなく、本件通知をした審査官でなければならないから、被告を特許庁長官とした原告の本件訴えはその点で訴訟要件を欠き却下を免れない。

のみならず、仮に特許庁長官に本件取消訴訟の被告適格があるとしても、本件通知は取消訴訟の対象となる行政処分ではないから、その取消しを求める原告の本件訴えは不適法である。本件通知が行政処分ではないとする理由は被告の主張するとおりである。すなわち、本件出願が昭和四五年法律第九一号により改正された実用新案法に基づく出願として取り扱われるときは、改正前の実用新案法に基づく出願に比べて原告にその主張のような不利益が生ずることがあるとしても、その不利益は本件通知によつて惹起されたものではない。つまり本件通知は、原告の法律的地位になんらの変動も及ぼすものではなく、したがつてこれを取消しを求め得る行政処分であるとすることはできない。

以上のとおり、いずれにしても原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 佐藤栄一 塚田渥)

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